「聞いてるふり」は通じない? 集中しない生徒をリアルタイムで把握 教員からは期待、「管理強化」に懸念も
6/21(水) 10:00配信
共同通信
授業中の生徒が集中しているかどうかを、教師がリアルタイムで把握する。まるで漫画や小説の世界のような取り組みが、ある公立中学校で試験的に始まっている。生徒の脈拍から「集中度」を割り出しているといい、校長や教員からは、上手に活用すれば教育をより良くできると期待の声が上がる。
一方、使い方次第では子どもや教員の管理強化にもつながりかねない。現場を訪ねると、驚きの光景が広がっていた。(共同通信=小田智博)
5月9日朝、埼玉県久喜市立鷲宮中学校の1年3組では、家庭科の授業が始まっていた。生徒31人の手首には、脈拍を測るリストバンド型の端末が巻かれている。「集中度」をほぼリアルタイムで把握できる日本初のシステムがこの日、初めて本格稼働した。保護者には概要を伝え、個人情報への配慮も説明。了解を得ているという。
家庭科を担当する落合さやか教諭の端末の画面には、折れ線グラフが並ぶ。どの生徒の折れ線かは、氏名の一部と出席番号で表記。更新は1分おきで、授業開始からの変化が一目瞭然だ。
この日の授業のテーマは「衣服を選ぶ際の留意点」。教諭の説明が終わり、生徒がインターネットや教科書から情報を集め、一人一人のパソコンでまとめる作業に入る。すると折れ線が全体的に右上を向いた。多くの生徒の「集中度」が上がっているようだ。
教諭が手元の画面に目を落とす。先ほどまで高い集中度だったある男子生徒のグラフが急降下していた。教諭が近寄ると、既に作業を終えていた。「手持ち無沙汰だったのか」と気付き、追加の課題を出した。
授業後、私はその男子生徒に、当時どんなことを考えていたのか尋ねた。生徒は「意識はしていなかったけど、『終わったなー』と思っていた」。
「集中していない生徒の様子を見て回った」
初めて使った落合教諭は、生徒を個別に支援する助けになると感じた。
「真面目に取り組んでいるように見えるのに、集中度が低い生徒もいて驚いた。クラス全体の集中度の変化に着目すれば、興味を引く授業ができているかどうかも分かるのでは」
実際に授業では「集中していない生徒を見つけ、主にその子たちの作業の様子を見て回った」。
一方で懸念はないのだろうか。教諭は少し考え込んでこう説明してくれた。「生徒の無意識の部分を見るのは、申し訳ないような気がする。でも、授業が生徒に『はまって』いるかどうかが分かるのは、すごく参考になる」
「脈拍はうそをつかない」
そもそも、脈拍で集中度は測れるものなのだろうか。今回の測定の仕組みはこうなっている。
(1)登校した生徒は、それぞれに割り当てられたリストバンド型の端末を装着する。端末は生徒の脈拍を刻一刻と記録。
(2)そのデータは、教室の隅に置かれた小さなボックス型の機器に自動送信。集約され、インターネットを通じてサーバーへ。
(3)サーバー上では、脈拍データが特別な計算式に当てはめられ、一人一人の集中度が割り出される。結果は先生の手元のノートパソコンに折れ線グラフで表示。グラフは保存され、授業後に見返すこともできる。
今回のシステムを提供しているのは元国立健康・栄養研究所協力研究員の高山光尚さんと、ヘルスケアIT企業のバイタルDX(東京)。高山さんに聞いたところ、脈拍に着目するのは、身体の機能を調整する自律神経との関係が深いためだ。
「脈拍はうそをつかない。自分ではコントロールできないから」
長年の研究から、脈拍を通じて心身の健康状態やストレスなどを把握することができるようになったと説明する。その上で、集中力が高い状態を「リラックスしすぎず、ストレスが強すぎもしない状態」と設定し、集中度を測定しているという。
生徒の集中力が急上昇!その瞬間、先生は「ポケモン」を語っていた
システムの試験導入を推進している青木真一校長には、狙いがある。
「授業改善に役立てたい。良い授業には教員の経験と勘が大切だと言われているが、そこにエビデンス(根拠)を取り入れる意義は大きい」
実は鷲宮中では2021年11月~22年2月にも集中度を把握する研究が行われた。当時はリアルタイムでの表示はできなかったが、それでも授業改善のヒントが多く得られたという。
例えば、授業中は集中度が総じて低く、休み時間になると集中度が高まる生徒がいた。生徒はトップクラスの成績。「この生徒にとっては、授業の課題が簡単過ぎた」と推測できた。また、教員が一方的に話し、生徒の反応が薄かった授業は、集中度もいまいちだった。
さらに、一部生徒の集中力が急に高まったタイミングを調べたところ、教員が人気ゲーム「ポケットモンスター」について話していた瞬間だと分かった。
鷲宮中学校には20~30代前半の教員が多い。「経験と勘が乏しい若手の指導力向上に、特に役立つはず」。今後、360度カメラで撮った授業動画とリンクさせる計画もあるという。
「わくわく」「ちょっと怖い」という生徒たち
若手の教員はどう受け止めているのか。
ある女性教諭は「生徒の集中度が低く出たら、ショックな面はあるかもしれない。でも教員の一番の仕事は良い授業をすること。現実は受け止めないといけない」と語った。ある男性教諭は肯定的だ。「データには授業のいいところも悪いところもはっきり出る。毎時間はともかく、定期的に測定することで効果的な授業改善ができるのでは」
次に、1年3組の生徒たちに感想を聞いた。「データを取って授業が良くなるなら歓迎」「自分たちが関わった取り組みが、もしかしたら世界に広がっていくかもしれないのが楽しみ」「わくわくする」
新技術の可能性への期待が次々と出てくる。脈拍を常時測定されることに抵抗はないのだろうか。ある生徒は「脈拍ぐらいなら、いい」。
「ばれるのはちょっと怖いかも」
どんな時に集中できないかも挙げてもらった。すると「先生がずっと話しているときとか…」と素直な答え。それでも、顔は先生の方に向けるよう心がけているという。私も身に覚えがあるが、今回のシステムでは「聞いているふり」は通用しなくなるかもしれない。
懸念する声もあった。「個人情報が盗まれないかな」。すると、すかさず「脈拍って、盗まれるの?」と別の生徒から突っ込みが入った。自分の脈拍の特徴を知られることで何か問題が起きるのか、イメージが浮かばない様子だ。
ある生徒はこう話した。「集中していないのがばれるのは、ちょっと怖いかも」。おどけた口調で「集中しないと退学になるかな」と冗談を言う生徒もいた。
教育委員会は「生徒の評価には使わない」
こうした声に学校側はどう応えていくのだろう。
青木校長は「成績には反映させないし、個人情報漏えいにも細心の注意を払うので心配はない」。鷲宮中では試験実施の最中で、さまざまな配慮をしているという。とはいえ、今後もし全国に普及していったら、集中度の高低で生徒を評価し、通知表などに反映させる学校が現れる恐れはないのか、気になるところだ。
久喜市教育委員会の担当者はこのシステムについて、こんな表現をした。「漫画の『ドラゴンボール』に出てくる『スカウター』のよう」。生徒を値踏みする目的で使われる懸念については「分かります」と理解を示しつつ、こう強調した。「あくまでも狙いは授業改善で、どうやって教育の質を高めるか。評価のためではない」
「よく切れる包丁」どう使うか
最後に有識者に見解を尋ねた。先端技術を活用した教育を推進する東京工業大の赤堀侃司名誉教授(教育工学)は「ものすごく大きいインパクト」と賛辞を惜しまない。
今や小中学生が1人1台のデジタル端末を扱う時代。政府は、子どもに関するデータを広く収集し、教育に生かそうと本腰を入れ始めている。しかし、赤堀氏によると、現状では学習記録を基に苦手分野を復習させるような事例が中心で、新技術の導入に消極的な学校も多い。それだけに期待は大きい。「生徒に集中度のデータを見せ、授業を振り返らせたら、もっといい。生徒の意識が変わるはず」
一方、元文部科学省官僚で星槎大大学院の寺脇研客員教授(教育行政)は「内面をのぞくようなもので、抵抗を感じる人は多いだろう」と話す。影響は生徒ばかりか教員にも及ぶと指摘する。「包丁のようなもので、どう使うかが大事。管理目的ではなく、学習者のための使い方を探るのが大切だ」
システム開発者の高山さんも、世の中にすんなり受け入れられるとは考えていない。
「1カ月に1回といったところから始めたらいいのでは。あくまでも道具ですから。ものすごく切れる包丁かもしれないけれど」
※この記事は、共同通信とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
また、専門家のコメントも以下のようにまさに記事内の専門家同様、「意見が真っ二つ」なのです。
石川一郎
6/21(水) 11:24
学校改革プロデューサー
正直、踏み込んでいい領域なのかなと感じました
いい点として言えば、より良き授業になっていく可能性があるということです。一方通行でなく、子どもたちが集中が高まるようなやり方を考えることは授業の改善につながる可能性は高いとは思います
懸念点としては、ここまで技術で踏み込んでいい領域なのかな、が率直な感想です。いいように使われていけばいいですが、管理を徹底することになりはしないかなという点は率直に心配です。とともに記事にもありますが、生徒の内面的なものをここまで把握するのは、あまり気が進まないですね
矢萩邦彦
6/21(水) 15:20
アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
大前提として同じ話をしても、生徒を集中させられる教師と、させられない教師がいます。このような方法で、生徒が集中していない状態に気づかない教師や、見て見ぬふりをしてしまうような状況を可視化することはできると思いますが、そもそも気づかない・気づけない時点で問題がありますし、見て見ぬふりをしているなら言語道断です。詰め込み的な受験対策などには一時的な効果があると思いますが、機械的な管理で改善を目指すことは「教育的」とはいえません。そもそも「何のための教育なのか」に立ち返り、議論するきっかけになれば良いのですが。
坂東太郎
6/21(水) 22:45
十文字学園女子大学非常勤講師
授業改善の手法としては有効でしょう。ただ「リラックスしすぎず、ストレスが強すぎもしない状態」が「集中度」としたら1単位時間(小学校45分、中高50分)ずっとそうあるべきか若干疑問。
「一部生徒の集中力が急に高まったタイミング」が「ポケットモンスター」に触れた瞬間というのは理解できます。児童生徒や学生が日常的に興味を抱いている事柄に絡ませれば「ワーッ」という雰囲気が教室を覆う。でもそればかりだと学習指導要領に定められている内容を伝えきれない。「一方的に話し、生徒の反応が薄」い時間もまた必要で、要は単位時間内でどうメリハリをつけられるのかが考察されるとなおいい。
「トップクラスの成績」の生徒が「授業中は集中度が総じて低」のを「授業の課題が簡単過ぎた」と推測するのも合点がいきます。おそらく集中度とテストという形式のゲームでの好成績は必ずしも正の相関を示さないはずです。